八戸自由大学第11回講座より抜粋

講座名
  私のシンブルライフ~彫刻制作とその日常


講師・田村祥子氏

田村祥子氏プロフィール 1955年秋田県男鹿市に生まれる。77年秋田大学教育学部美術科(彫刻専攻)を卒業と同時に結婚。夫の実家である八戸市に嫁ぎ、やがて出産、育児を経て、90年彫刻制作を再開。また学習塾を経営。93年新制作展に出品し入選。2000年国画会に出品し入選。2003年、階上町に移住。国画会彫刻部友会。八戸工専美術科非常勤講師。ギャラリー「木の家」(自宅2階)。石窯パンの店Stein Back Ofen(シュタインバックオーフェーン)オーナー。


講座より抜粋

3月11日の東日本大震災を、階上町のアトリエで経験しました。作品『野を駆ける』を制作中でしたが、粘土がまだ固まっていなかったせいか、激しい揺れで作品人物の腕が今にも折れそうになったのです。その折れそうな腕をしっかりと支え、2階にいる次男に声をかけたのですが、私の声が届かなかったのかなかなか降りてこない。彼が下りてきたのは1時間ほどしてからです。作品の腕を支え続けた私の腕、もう限界でした。

家の事情で大学に進学するなら、学費の安い、地元の秋田大学にして欲しいと親に言われました。しかし高校の先生からは、私の学力では秋田大学は無理だろうと。確かに、学校では絵ばかり描いてましたから。一念発起して受験勉強を始め、それでなんとか合格。大学では美術科で彫刻を専攻しました。大学で知り合った先輩がやがて夫となるのですが、彼は日本画を専攻。実は私の彫刻の恩師と、夫の日本画の恩師は、犬猿の中。お二人とも非常に個性的、情熱的なのですが、それが逆に合わなかったのか、仲が悪い。私たちが結婚を報告に行くと、私の恩師は「なに、あの日本画の〇〇と結婚だと。ならば私は式には出ん」という始末。

大学を卒業と同時に、夫の実家へ嫁ぎました。夫の実家は八戸でも湊に近いせいか、人間がざっくばらん。私が生まれ育った秋田はどちらかというと格式ばってちょっと窮屈さを感じていた。だから八戸の生活はとても楽でした。だけど閉口したのが姑。姑は私に気を使ったのでしょう、なにかというと話しかけてくる。何かに集中しようとしても、姑が話しかけてくるからそれができない。やがてストレスとなって食事も喉を通らなくなった。そんななかでの出産、育児で、彫刻からは離れざるを得ませんでした。

子育てが一段落したので、再び彫刻を始めることにしました。だけど問題もありました。それは彫刻はお金がかかるということ。私の作品は人物が中心で、それも女性。モデルさんを頼まなければならないのです。時給いくらという具合に。夏場はそうでもないのですが、冬場ともなれば、裸になるモデルさんに風邪などひかせるわけにはいきませんから、ストーブ三台ほどを用意してガンガンに火を燃やす。燃料代も馬鹿にならない。それで少しでも費用を捻出しようと、学習塾を開いたり、八戸南高校では非常勤講師とし勤めました。制作に熱中したい気持ちと、生徒たちに美術を教えるという両立は、なかなか難しいものがありました。辛かったです。そんなある日のことです。南高校が持つ牧場に行ったときのこと。陽を浴びながらなん十頭もの馬たちが私の目の前を疾走していった。その疾走する響きが「そんなに苦しいのなら、さっさと辞めてしまえ」と言っているように聞こえたのです。背中を押されたというか、それで講師を辞める決心がついた。高校を去る直前、私が教えていた美術部の生徒たちが集まって私に詰め寄りました。「先生、なぜ中途半端で辞めるんですか」と。訳を説明して生徒たちには納得してもらいました。学内ではどちらかというと意欲のない、無気力と思われていた生徒たちがこんなに熱いとは。そして別れ際には生徒たちが円陣を組んで、別れの歌を歌ってくれたのです。今も生徒たちには悪いことをしてしまったと思っています。

牧場の馬で思い出しましたが、他にも動物に励まされたことがあります。様々なことでストレスがたまり、鬱屈した日々を過ごしていたある日、たまたま蕪島に行ったときのこと。ウミネコの群れが、強風にもかかわらず、どのウミネコも風の吹く方向に顔を向けてじっと耐えているのです。感動しましたね。日常生活では強風の吹く日はざらにある。そのたびに背中を向けていていいものか。このウミネコたちのように、どんなに風が強く吹こうが、顔をそむけるべきではないと。

そんなことがきっかけで、彫刻でも生活面でも、どうしたら気持ちよく生活できるのか、私なりの「シンプルライフ」を考えるようになりました。生活面では、すべてが受身だったらかストレスが溜まるのだと。ならば能動的に自分を変えてみようと。姑との会話や介護でも、こちらから積極的に打って出ると、これまで厄介だと思っていたことが楽になることが分かった。すると余裕が出てくる。作品に対してもフラットな気持ちになれる。良い方、良い方へと人生が回転していくんですね。最近始めたパン作りもその延長線上にあります。自家菜園と地元産の天然酵母、小麦を使ったパンとピザです。手作りの石窯で焼いた商品はおかげさまで評判を呼んでいます。

主な作品について
『ハルが死んだ日』 岩手大学で飼っていたヤギ二匹(ハルと百(モモ)をもらい受け、育てていたのですが、その一匹のハルが病気で死んでしまいました。それから間もなく故郷の父、兄も亡くなりました。死というものを受け入れなければならないのに、受け入れられない気持ちを表現してみました。
『竹林』 幼い頃、裏山の竹林でよく遊んだものです。冬、雪で大きくたわんだ竹の上に座って地面を蹴ると、ドサドサっと雪が落ちるのと同時に、その竹のバネで幼い私の体は緩やかに跳ね上げられました。宙に浮いた感覚、時も音も一瞬「何もない」ことの驚きが忘れられず作品にしました。最近になって無心で遊んだ頃の感覚と、今の自分の思いを重ねて彫刻制作の主題にしています。