岩手信用生協の取り組み 多重債務者を救済せよ! 第一回


 「このままでは破産するか夜逃げしかない。いや、いっそのこと自殺が楽かもしれない。その保険金で借金の返済に充ててもらおう」。

 身の振り方に煩悶していたのは、岩手県のとある町に住む50代の男性である。
 大手販売メーカーに勤める営業マン。専業主婦の妻と、会社員の息子との三人暮らしだ。本人の年収は500万円ほどある。それに息子は生活費の足しにと、毎月10万円を家に入れてくれる。贅沢さえしなければ普通の生活を営むことはさほど難しくはないだろう。見た目は幸せそうに映る家庭。だが、内実は借金に縛られていた。男性は消費者金融7社から合計500万円もの大金を借り入れていたのである。

破産はなるべくなら避けたい

 男性が消費者金融を頼ったのには訳がある。家の増改築をした際、500万円ほどの住宅ローンを組んだ。これに170万円の外壁工事費が加算された。これら毎月の返済額が約11万円。男性家族の毎月の生活費が約20万円だから、うまくやり繰りさえできれば難しい返済額ではない。しかし、不況という思わぬ落とし穴が待ち受けていたのである。折からの買い控えが響き、男性の会社も例外にもれず売上の低迷に悩まされていた。男性は会社の売上を伸ばすため、そして自身の成績を上げるため身銭を切るようになり、いつしか複数の消費者金融を訪れるようになっていた。消費者金融への毎月の返済額は約21万円。住宅ローンなどを合わせると毎月約33万円にも膨らんでいた。今さら妻や息子に打ち明けられない。打ち明けたとしても妻や息子はショックを受けるだろうし、責めるだろう。借金に応じてくれそうな友人や親戚もない。男性は窮地に追い詰められた。

 ある相談機関の案内パンフレットが目に入った。「多重債務に悩む方はお気軽にご相談ください。一刻も早い相談が解決への早道です」。藁にもすがる思いでその相談機関へと赴いた。事情を聞いた担当者は「難しい案件ですね」と困惑した表情を浮かべたものの、弁護士と相談のうえ、裁判所に特定調停を申し立てることになった。特定調停とは、簡易裁判所の調停委員会で利息制限法による再計算を行い、債務額の確定と弁済方法を協定していく制度である。利息の再計算により、サラ金等の利用が長期の場合、債務額が圧縮され、調停通知で取り立てが制限されるなどのメリットがある。しかし負債が多額なうえに債権者の数も多いことから、「調停成立の見込みなし」と判断されてしまった。

 残された道は少ない。破産もその一つだが男性は「なるべくなら避けたい」と言う。相談機関を訪れた当初は打ちひしがれた表情をしていたが、何度か相談を重ねるうちに、どうにかして生活を再建したいとの熱意が見受けられるようになった。担当者は大胆な提案をした。「どうでしょう、奥さんや息子さん、それに親族の方々に打ち明け、協力してもらっては。あなた一人の力でどうなるものではないことは、あなたもお分かりになったと思うんです。事情を説明すれば皆さんも分かってくれるのではないでしょうか」。男性は担当者の提案に従うことにした。親族会議を設け、その席上ですべてを告白した。集まった全員が唖然とし、また驚いたのは言うまでもない。だが「真面目さが招いた結果」だと全員が納得し、360万円の資金を援助することになったのである。この360万円に加え、相談機関による救済資金350万円が貸し付けられ、合計710万円で債務整理に着手。消費者金融に関しては弁護士に任意整理を依頼した。

 任意整理の結果、消費者金融に対しては一括返済という条件付きで借入金約500万円は、350万円まで圧縮された。安堵する男性。相談機関の提案による家計の見直しに従い、4口あった保険を2口解約するなど家計の収支改善も図った。その結果、住宅ローンなど月々の返済額は12万円までになり、月6万円は貯蓄に回す余裕もできた。見事に生活再建を果たすことができたのである。「相談して本当によかった。あのままだったら本当に自殺していたかも知れません。ローンの奴隷になっていた私を救ってくれた、まさに救世主です」。その救世主が岩手県消費者信用生活協同組合、略して岩手信用生協である。

日本で唯一の民間による多重債務者救済機関

 長引く不況で借金を返せなくなった個人による自己破産が急増している。そんな中、借金の負担、返済に苦しむ多重債務者を、行政や市民団体が資金を出し合って救済しようとの試みが広がり始めている。「日本で唯一の民間による多重債務者救済機関」を謳う岩手信用生協はその元祖といっていいだろう。

 同信用生協の設立は1969年。30有余年の歴史を持つ。同信用生協の目的は相互扶助を基本とし、中小・零細の未組織労働者、一般消費者を対象に、より低利での生活資金を融資することにある。「生活の改善と向上を願い、余暇を楽しく過ごしたり、楽しい我が家を作ることは、国民として等しく与えられた権利です。しかし決して等しくはない。見過ごされている人々もいる。労働組合や各種団体に保護されない労働者や一般消費者などです。こうした人々には公庫、銀行、信金、信組は縁遠い存在で、生活資金を借りようにも難しい。そのためサラ金を始めとする高金利の金融業者に手を出し、悲劇を招いてしまう。しかも借りたほうが悪い、自業自得だという構図は江戸時代から変わっていない。適切なアドバイスをする機関、あるいは相談に乗ってあげたり資金援助をする機関が日本には少なすぎるんです。どこかが先陣を切って救済する、あるいは救済のモデルを作らないことには、生活苦型の多重債務や自己破産、それに契約に関わるトラブルは今後も減ることがない。ならば我々が弁護士有志、そして自治体と協力してやるしかないなと」。こう語るのは同信用生協の横沢善夫(51歳)専務理事だ。

 同生協の出資、利用、運営は組合員が主体となって行う。組合員になるには岩手県に在住もしくは勤務していることが条件。出資額は四口2000円から。この出資金が信用事業の貸付金の原資(元本)となり、組合員は同生協の事業を利用することができる。

 とはいうものの、組合員としての条件が岩手県内の住居者、勤労者に限定されていることから、組合員数と原資には限界がある。そこで考え出されたのが「救済事業のシステム作り」である。

 「当初、貸し付け資金は姉妹団体ともいうべき(財)岩手県民共済会からの全額借り入れでした。その後、同共済会の債務保証による銀行借り入れで、北日本銀行との取引の道が開けるものの資金はまだ充分ではない。そこで多重債務問題は一個人の問題ではなく、社会の構造的問題に起因する消費者問題であるという点を県内市町村の議会、行政担当者、相談者に根気強く訴えた結果、同生協に対して貸し付け原資が集まるようになったんです。同時に労働金庫、東北銀行、盛岡信用金庫、北上信用金庫との提携も実現する。組合員や各市町村から集められた原資はこれら金融機関に預託し、金融機関はその原資の4倍を協調融資として当生協に貸し付ける。こうして資金不足を解消したわけです」。

 ちなみに現在における同信用生協の組合員数は9756名。出資金5億2600万円。消費者救済資金を実施する各市町村数49からの預託総額8億2500万円。融資残高約54億円(いずれも2001年度)となっている。こうした資金を基に、同信用生協は多岐にわたる事業を展開することが可能となった。後に詳しく説明するスイッチローンを始め、ビジター、メンバー、リリーフ、などの各種低利ローンを揃えて組合員の生活をサポート。また、サラ金問題や契約トラブルなどの解決を図るための「くらしの相談室」「夜間法律相談」「地域相談会」などを弁護士と共に実施している。

スイッチローンによる任意整理

 同信用生協の名前を全国的に知らしめたのはスイッチローン(消費者救済資金貸付制度)の存在だろう。前にも述べたように各市町村からの預託金と、提携する銀行や金庫などの協調融資を原資に、多重債務者に融資をしてそれまでの債務を一括返済。多重債務者は改めて同信用生協への返済計画を立てるというものだ。サラ金などでは20%台が当たり前の金利が9%台と低利な点が特長である。しかも融資を受ける際には組合員になるのが条件のため、同信用生協でその年度に余剰金(利益)が生じると「出資配当」「利用高割戻し」などの恩恵が受けられ、実質年利は8%台まで低くなる。多重債務者には実にありがたいシステムといっていいだろう。

 ここでスイッチローンによる任意整理のケースをいくつか紹介しよう。盛岡市に在住する30代の女性は独身の派遣社員。年収は190万円。一人暮らしをする前から飲食費、交友費を消費者金融に借りていた。独立してアパートで一人暮し。しかし前職を退職して収入が減ったため、生活費や返済費用などを以前にも増して消費者金融に頼らざるを得なくなった。消費者金融5社からの借り入れに加え、2社の信販会社からのキャッシング、買物。それらの合計が約300万円まで膨らんだ。これに毎月の家賃が5万4000円。毎月の返済額は17万6000円に達した。彼女の年収190万円ではもはや返済は不可能である。父親にも同席してもらい解決策を探った結果、実家に戻ることを条件に300万円のスイッチローンが適用され、家賃の未納分については父親が支払いを肩代わりすることになった。任意整理の効果には驚かされた。7社合計300万円の返済額が96万円、約3分の1にまで圧縮されたのである。通常のケースならば300万円の完全返済には3年ほど要するが、同信用生協のスイッチローンを利用したことにより、返済期間も1年1カ月と大幅に短縮できたのである。

 また、盛岡市内に住むタクシー運転手は友人がサラ金から借金をした際、その保証人になったものの、友人が行方をくらませた。悪いことは重なるもので弟が病気で入院、友人の借金返済と弟の治療費を捻出するため、消費者金融を頼らざるを得なくなった。借金はあっという間に増えた。10社合計670万円。弁護士が利息制限法に沿って金利を計算し直したところ、債務総額は350万円まで圧縮することができたのである。タクシー運転手は保険金を解約したり、親族からの支援などを受けて300万円を用意することができた。その結果、スイッチローンによる借り入れは50万円で済んだ。毎月の返済額は約6万円。以前の約5分の1になり自己破産を免れたのである。

 ここまで読んで読者にはある疑問が生じたのではないだろうか。「任意整理、すなわち弁護士の交渉次第でここまで債務は圧縮できるのか」と。

 「多重債務に苦しむ人々に対し、債務を交渉で減らすという任意整理は以前からあったのは確かです。しかし弁護士法によって減額交渉などは弁護士以外できない決まりになっている。仮に弁護士に相談できたとしても、手間や時間がかかることから、自己破産を勧める弁護士も多いんです。幸いにも、当信用生協では当初から消費者問題に熱心な岩手弁護士会から全面的な協力が得られた結果、任意整理をスムーズに進められるようになり、自己破産を減らすことが可能となった。

 交渉による債務の圧縮についてですが、利息制限法と出資法にからくりがあるんです。利息制限法によれば、最も一般的な10万円以上100万円未満の借り入れの場合、年18%を越えた利息は利用者に請求できないことになっています。しかしサラ金やカードキャッシングの利息はほとんどが18%を超え、20%から29.2%の間で設定されている。なぜサラ金やカードキャッシングの利率がこの利息制限法の上限である18%を無視できるのか。それは違反しても利息制限法には罰則規定がないからです。一方、出資法では29.2%を越えた場合は3年以下の懲役、もしくは300万円の罰金という罰則が定められている。サラ金業者たちはこの利息制限法の上限である18%から、出資法の上限である29.2%のグレーゾーンを巧みに利用し、また一般利用者がそうした知識に乏しいことをいい事に、涼しい顔をして高金利で貸し付けている。そこに弁護士が現れ、裁判所で白黒をつけようとしたら彼らとしても手間や時間、費用がかかるし嫌でしょう。事実、不当利得返還請求に関する裁判ではそのほとんどでサラ金側が敗訴していますから。話し合いでしかも一括返済してもらえるなら、これに越したことはないはず。それで債務の減額も可能となるわけです」。

 自己責任を問われる時代である。サラ金から金を借りる際には、最低限の知識としてこの利息制限法と出資法を頭に叩き込んでおく必要がありそうだ。