仕事は厳しいし、社会人は辛いね


 「どうだ、たまには一緒にレストランで食事でもしようか」。

 ヘえー。どういう風の吹きまわし?お父さんが食事に誘ってくれるなんて、大学の入学祝い以来だね。そのお気持ちは嬉しいけど、とても食事どころじゃない。そんな気分じゃないんだよ。ヘコんじゃってるもん。

 ようやく見つけた就職先だけど、そこがとんでもないところなんだ。ほぼ毎日といっていいほど残業。休日出勤も当たり前。疲れが溜まりまくりだから、たまの休日は一日中ベッドの中。だからお父さんとの会話もほとんど無し。会社に対する不満や愚痴を聞いてもらおうと思ったけど、もうその気力も無しだよ。今はただ、仕事をひとつでも早く覚えることだけで頭がいっぱい。

 ウチの会社の社長が女性ってことは話してあるよね。40代と若いんだけど、厳しいのなんのって。社員の前でいつも怒鳴られっぱなし。先日も言われたよ。「あんた、3年間は使い物にならないってこと、自覚しなさいよ。その間、給料をもらいながら仕事を教えてもらえるし、社会人としての教育も受けられるんだ。みんなに感謝しつつ、有難く思いながら仕事をしなさいよ」だってさ。

 社長だけじゃなく、上司のオジさん達からも、毎日なんだかんだって言われてるよ。わざとエッチな話をしてくるし、「それってセクハラじゃん」とか思うけど、抗議してもね、通じそうもないのよ、この連中には。仕方ないから、笑いながら聞いてる。最近じゃ、慣れちゃったよ。

 このあいだ「半人前、お前、なかなか根性あるな」って誉められちゃった。単純ミスして社長にガンガン怒鳴られた際、平気な顔してたんだよね。これまでの新入社員なら間違いなく泣いて、なかには辞めていくのも珍しくないって。でも私、こういうことだけには慣れてんだよね。だってさ、大学の4年間、空手部で毎日、監督や先輩たちから怒鳴られ、ときには殴られたり蹴られたりしてきたから。それに比べたら、社長の怒鳴り声なんて、痛くもかゆくもないっスよ。

 だけど、これが災いしたんだろうね。「鍛え甲斐があるじゃん」って、ますます仕事が増えちゃったんだ。カンベンしてくれってカンジだよ。確かに負けん気と根性だけは誰にも負けない自信があるから、泣き言はいわないけど、ヘコんじゃうし、疲れもピークに達しているのは事実。

 社会人ってのは大変だね。バイトとは雲泥の差だよ。こんな社会人生活を30年以上も続けているお父さんって、やっぱ偉いわ。もう少し仕事に慣れて、精神的な余裕ができたら、食事でもお酒でもお付き合いしますし、お酌もしてあげる。それまでもう少し見守っててね。(2011年11月6日)

父 総合商社・55歳
娘 印刷・23歳


  第二の人生は夫婦別々の道、それもいいかも


 親父が心配するほどじゃなかったよ。お袋さん、いたって元気そのもの。片言の英語と身振りで、現地の人たちとコミュニケーションもバッチリ。健康的な日焼けのせいだろうか、グっと若返ったような気がする。

 親父の定年を待っていたかのように、「ハワイに英語留学したい」と切り出したのには驚いたね。いい年してナニを考えてんだって、つい俺も怒り口調。だってそうだろう。親父は家族のために四十年近く、脇目もふらずに仕事一筋の人生。一方、お袋さんはお気楽な専業主婦。仕事から開放された親父には、せめて第二の人生、好きな事でもして過ごしてもらいたい。できれば二人仲良く静かな余生をと思っていたからな。

 「好きな仕事に没頭できたのは、お母さんが犠牲になってくれたからだ。これからはお母さんの好きなようにさせてあげよう」って、本当にそれでいいのか。俺が親父の立場なら、猛烈に異議申し立てするけどな。

 とはいうものの、確かにお袋さんには感謝しないとね。親父同様、俺たちのために主婦業を四十年近く、ただじっと耐えてやってきたんだろうから。口には出さなかったけど、お袋さんにだって夢や希望があったに違いない。ハワイで英会話を習うってのも、長年の夢だったろうしな。この先も専業主婦しながら、親父の面倒見つつ、老後を楽しんでくれってのも、俺の勝手な押し付けであり、残酷物語かもね。

 お袋さんの語学留学と同時に、親父の生活も一変した。カルチャーセンターで、「シルバーのための料理と家事学」を受講することに。簡単な料理作りから掃除、洗濯、裁縫までと、自立した男のための生活講座。大変だろうなと同情したよ。ところが、これがハマった。すぐに仲間もできて、暇さえあれば我が家で料理の腕自慢大会だもんな。味も悪くないよ。いや、もしかしたらお袋さんよりも腕は上かも。
    
 「爺さん連中が憩える、旨くて安い料理屋でも作るか」って、仲間連中とも盛り上がって、本当にやる気かよ。だけどそれもいいかもな。夢があっていいや。せっかくだから若造も憩える料理屋にしてくれよ。

 俺も今度の一件では考えさせられた。夫婦って何だろうってさ。家庭は共同作業による創造物だけど、夢の追求はそれぞれ異なるものなんだな。「妻は夫に従いつ、夫は妻を慕いつつ」っていうのが俺の描く夫婦像。そのせいだろうな、付き合う女性とは長くは続かない。そりゃあそうだ、ほとんど男尊女卑思考だもんな。恋人、夫婦といえども、一人の人間として丸ごと尊重しないとな。

 今度は親父がお袋さんを表敬訪問してくれ。久しぶりに新婚気分を味わうのも悪くはないと思うよ。(2011年11月13日)

父 60歳・無職
息子 30歳・国家公務員




 騙されて気がついたこと


 携帯のメール内容はいつも同じ。「大丈夫か。元気でやっているのか」。

 お父さん、心配しなくてもいいよ。私は相変わらず元気だから。毎日、まっとうに汗を流して働いてます。一時はヤケを起こして、自殺でもしちゃおうかと考えたけど、バカバカしくなってね。このまま死んじゃったら、本当の負け犬だもん。まだ若いし、花を咲かせせるのはこれから。

 リストラされた元上司に同情し、会社設立資金として、650万円を貸したけど、これがまったくの大嘘。あの野郎、あっという間にどこかへトンズラ。警察にも被害届け出したけど、東南アジアに逃げたかもしれないって。トホホだよ。

 OL生活12年かけて、ケチと陰口叩かれても、じっと耐えて貯めたお金なのにさ。マンションの頭金に、結婚資金にと、使い道を考えていた頃が懐かしいよ、まったく。

 これも運命と諦めるしかないか。再就職先の会社って、お父さんが指摘したように、「怪しげ」な健康食品を販売する会社だったもん。女性は私を含めて数名の事務員だけ。誰も実情なんて知らなかった。給料はいいのに、なんでみんなすぐに辞めていくのか、不思議に思っていたけど、実は詐欺に近い商売やってたのよ。

 クレーム客が増えるにつれ、ヤバいと思ったのか、元上司を含めた幹部をリストラと称して首切り。計画倒産させ、ほとぼりが冷めた頃にまた連中は集まって詐欺商売を計画するんだろうって。これが警察の説明。

 トンズラした元上司は私よりも5歳年上で独身。身長もあり、スポーツマンタイプのイケメンでした。コイツの「会社を設立して軌道に乗ったら、俺の嫁さんになってくれ」って言葉にヤラれちゃったのよ、お馬鹿な私は。「男は顔や金、地位で選ぶもんじゃない。見かけで選ぶと泣くぞ」って、お父さんの忠告、これも見事に当たってました。ビンゴッ! アイツは許さない。一生かけても探して罪を償わせてやる。待ってろよ。

 一から出直しです。お父さんの忠告を胸に刻み、ホームヘルパーの仕事に励みつつ、将来はケアマネージャーを目指して勉強してます。今もそうですが、高齢者は詐欺師たちの格好の標的です。こんな卑劣な連中から高齢者を守るためにも、ケアネージャーの仕事を選んだってわけ。

 結婚も諦めてませんよ。ヘルパーの仕事を通じて、素敵な男性を知りました。お母様が認知症のため、一人息子の彼が、仕事のかたわら世話をしているんです。年齢は47歳。バツイチ。頭髪は薄く、お腹も出てますが、とても誠実で明るい人。これから先、二人の運命やいかに。

 色々とご心配をおかけしますが、これからも暖かく見守ってください。(2011年11月20日)

父 60歳:農業
娘 31歳:ヘルパー




  力士の世界はきびしいっす、だけどもうちょっと頑張るっす


 オヤジさん、先日は大量の比内鶏の肉を送ってもらい、ごっつぁんです。さっそくちゃんこ鍋にして食べました。親方始め、部屋のみんなもとても喜んでくれたっす。

 中学を卒業してすぐに大相撲の世界に入門。それからあっという間に7年が過ぎました。先場所は念願の三段目まで昇進したのに、不甲斐なく負け越し、来場所は再び序二段に陥落。オレってやっぱ相撲の才能ないんだね。田舎に帰ってオヤジさんの養鶏場の後を継ごうとも考えた。

 そしたら「泣き言いうでねえ。死ぬ気でもうちょこっと踏ん張ってみろ」。てっきり、喜んでくれるとばっかり思ってたのに、帰ってくるなって言うしな。親方や先輩からも「甘ったれんな。てめえ、どんだけ努力したんだよ。どん底も味わったことのねえくせに、辞めるなんて百年早いんだよ」って、怒鳴られた。

 そうかな、オレって努力してないのかね。死ぬ気出してないのかな。まだどん底まで落ちてないのかな。まだ踏ん張れば、ちっとは出世できんのかな。この7年間は親方と先輩の関取衆から殴られ、投げられ、罵倒され、汗と悔し涙を流す日々だったんだけどな。まだ甘いのかな。

 言われてみれば確かに甘いかも。先輩力士のなかには、34歳でようやく新十両を果たした人もいるもんな。オレと同じく中学出て入門、19年かけて関取っていんうだから、たいしたもんだ。こんな先輩を見習うべきだな。

 それにオヤジさんが贈ってくれた色紙にも勇気をもらったよ。「人生の成功の秘訣は、失敗者のみが知る」。大学で文学を学んだ女将さんが、その意味を教えてくれた。挫折や失敗それに苦労を重ねておけば、それは先々、成功の役に立つって。

 そうだよな。オレが流した汗と涙は無駄じゃないよな。弱い人間の気持ちが痛いほど分かった。失敗したときの辛さが分かった。親方と先輩衆の思いやりが分かった。根気がついた。相撲の技術は上がらないけど、ちゃんこの腕前は上がった。オレは相撲の世界と部屋の人たちから、数え切れないくらいの、金でない給金と賞金をもらってきたんだよ。たとえ相撲で成功しなくても、オレのこれからの人生に、これまでの経験はきっと役に立つはずだよな。

 心配ばっかしかけてごめんよ、オヤジさん。できれば大銀杏を結った姿を見せてやりたいけど、それはまだまだ先みたいだ。いや、この消極的なところが良くないんだな。大銀杏を結ったとこ、絶対に見せてやる。死ぬ気になって稽古に励む。失敗なんてのはクソクラエだ。恐れてたまるか。そんでオヤジさんとオフクロさんを楽にさせてやる。だからもうしばらく待っててくれよ。(2011年11月27日)

父 53歳:養鶏業
息子 22歳:力士