お父さんのおかげで、お隣さんの庭が蘇ったよ


 隣のお婆ちゃんちの庭、ようやく手入れが終わったね。なんだかんだで半年もかかってしまったけど、お父さんが手伝ってくれたおかげでとてもはかどった。本当にありがとう。

 隣のお婆ちゃんは一人暮らし。三年前に一人息子のオジさんをガンで亡くし、お婆ちゃんも転んで足腰を骨折、車いすで生活している。そんなお婆ちゃんの楽しみは、亡くなったオジさんが大切にし、手入れをしていた庭を眺めることだった。オジさんが生きていた頃には、何十種類もの樹木や花々が、季節ごとにきれいな花を咲かせ、実をつけていたんだよね。だけど、オジさんが亡くなってからは、手入れもできずじまい。それにお婆ちゃんも車いすだし、草むしりだけでも大変だ。

 縁側から寂しそうに荒れた庭を眺めているお婆ちゃん。そんなお婆ちゃんの姿をオレは二階の部屋から何度も見ていたんだ。なんかかわいそうな気がしてさ、せめて草むしりでもしてあげようかと思ったわけ。訪ねていったら驚いてた。そりゃあそうだよね、お隣さんとウチは仲悪いもん。といっても、仲が悪いのはお父さんと亡くなったオジさんだけど。

 お婆ちゃん最初は驚いたけど、すっげぇ嬉しそうな顔してくれた。だからオレも頑張って草むしりに励んだわけです。そのうち、花壇とか樹木の枝が気になってさ。「お婆ちゃん、プロの庭師とかに手入れを頼みなよ」って言ったら、「そうしたいんだけど、お金がなくてね」って、寂しそうに笑った。マズいこと言ってしまったね、オレってバカ。そんなことをお父さんに話したら、「ド素人が余計なことすんじゃねえよ」って。

 だけど毎週日曜日、お父さんも庭の手入れに加わってくれた。初めて知ったけど、お父さん、高校、大学時代は庭師のアルバイトやってたんだ。だから花壇の手入れも、剪定っていうの、枝切るのも上手いはずだ。あっという間に荒れた庭が以前のようにきれいになっていく。しかもお父さんの表情、生き生きしているんだよな。なんで庭師にならなかったの。シカメッ面している銀行マンよりもマシなのにって思ったけど、余計なこと言うとまた怒鳴られるから。

 ケンカ別れしたままだったけど、本当はお父さんと亡くなったオジさんは仲が良かったんだ。ちょっとしたことでケンカしてしまったけど、仲直りしたかったんじゃないかな。オジさん、亡くなる前に「お父さんともう一度お酒を飲みたいな」って言ってたってさ、お婆ちゃんが。

 庭がきれいになったとき、お婆ちゃん涙を流してお父さんの手を握った。お父さんも泣いてたように見えた。きっと天国でオジさんも「ありがとう」ってお礼を言っているよ。(2012年1月1日)

親父 43歳.銀行員
息子 13歳.中学1年




  ショック!  お父さんってポルノ男優だったんだ


 ショックだよ。お父さんがアダルトビデオに男優として出ていたなんて。もう、チョー最低!。

 部活の先輩に誘われて、みんなで鍋パーティやろうってとこまではよかった。だけどお酒が入って大胆になった先輩ってば、お兄さんが隠していたアダルトDVD持ってきて、みんなで観賞しようってことに。私は嫌だったけど、みんなノッちゃって。なかにはヨダレたらすコもいた。

 最初っから恥ずかしい映像のオンパレード。私、顔をそむけそうになった。でも、「アレッ?」って。顎にヒゲがあるけど、お父さんにそっくりな人がエッチしてるじゃん。なんかヒワイなことも言ってる。その声もお父さんそっくりじゃん。友だちが追い打ちかけてきた。「この男優さん、ユカんちのパパさんにクリソツ」。全員、爆笑。

 目の前が真っ暗になった。頭んなかは真っ白け。嫌な汗が全身から流れた。ウソだよね、お父さんじゃないよね。お父さんにそっくりなだけだよね。世の中にはお父さんに似たような人なんか何人もいるもん。

 先輩に恥をしのんでDVDを借り、お父さんに突きつけた。そしたら「ああ、バレたか」だって。マジっすか。あんた、自分がしたこと理解してんの? 娘がどんだけ傷ついたか分かってんの? 映像製作会社の専務ってのは本当らしいけど、なにがドキュメントを制作してるだよ。ドスケベドキュメントじゃん。エロじゃん。

 ビデオに出演していたのがたとえ10年も前だろうが、出演作品がたったの12本だろうが、そんなの関係ないよ。不潔だよ。

 部屋に閉じこもってフテくされていた私に、お母さんが一喝。「お父さんもお母さんも、この仕事を恥ずかしいなんて思ってない。この仕事のおかけであんたを育てることができたのよ。あんたの性根こそ腐ってる」。

 なんだよ、逆ギレかよと思ったけど、話を聞いていくうち、お父さんの仕事に対する姿勢が見えてきた。過激で暴力的な映像内容に嫌気がさして、もっと面白くて楽しくて、ホノボノするソフトポルノを制作しようと、仲間たちと会社を設立。制作ブレーンに高齢者や身体障害者、女性も加えて、ヨソとは一味違ったアダルトビデオを作っていること。制作姿勢が評価されて固定ファンがついていること。福祉の面にアダルトビデオが貢献できないか、関係者と勉強会を続けていることなどなど。

 そんな話を聞いていたら、私の気持ちも落ち着いてきた。お父さん、結構マジに性のこと考えていたんだ。「お金以外になにも生み出さないビジネスは貧しいビジネスだ」。っていう言葉、覚えておくよ。この一件のおかげて私もちょっとはアダルトに成長したような気がする。(2012年1月8日)

親父 44歳 映像制作
娘 17歳 高校2年




  北国の春は、もうすぐだよ


 父ちゃん、キャッチャーミット、ようやく届きました。ありがとう。ピッカピッカで、使うのがもったいない気がしたけど、すぐに友だちとキャッチボールしました。すっげえ気持ちいいよ。ボールを新しいミットで受ける瞬間って。

 父ちゃんと兄ちゃんが、名古屋の工場に出稼ぎに行って、もう二年目だね。出稼ぎに行くって聞いたとき、僕は反対した。だって、男は僕だけになるから。母ちゃんとバアちゃんと僕の三人だけで、畑仕事や雪かき、雪下ろしなんて無理だと思った。だけど、何百万円も借金があるし、少しづつ返していかないと、家族全員が苦しくなるから仕方ないって。田舎じゃ会社も仕事もないし、出稼ぎするしかないって。貧乏はいやだよ。

 本当は母ちゃんやバアちゃんがもっとつらいと思うよ。何代も続いたリンゴ農家をやめちゃうんだから。台風がやってこなかったら、大雪が降らなかったら、借金しなくてすんだのにな。借金して機械やら薬やら買ったのに、不作ばっかだもんな。我が家はツイてないよね。

 だけど、母ちゃんもバアちゃんもエラいぞ。弱音を言わない。いつも笑っている。男の僕がメソメソなんかしてらんねえ。学校が終わったら、できるだけ掃除とかしてるし、食事の手伝いなんかしてるよ。冬は雪かきや雪下ろしもしてる。これがツラいんだよね。父ちゃんや兄ちゃんのツラさが分かったよ。

 兄ちゃんが毎日くれるメールを、僕だけじゃなく、母ちゃんもバアちゃんも楽しみにしてます。たまにデジタル写真も添付してくれるから、父ちゃんと兄ちゃんが元気でいることがよく分かり、みんな安心してる。僕もできるだけ写真を送っているから、みんな元気なのが分かるだろ。安心して仕事がんばってください。

 父ちゃんだけじゃなく、兄ちゃんも一緒に同じ工場で働くことができたから、これは幸運だよね。父ちゃんも兄ちゃんも、知らない人と話すのは苦手だもんな。だけど二人一緒なら安心だ。それに寂しくもないよね。父ちゃんって寂しがり屋で、寂しくなるとお酒飲んじゃうけど、兄ちゃんと一緒だからそんなに飲むこともないって、母ちゃんもバアちゃんも安心してるんだよ。

 北国にもようやく遅い春がやってこようとしている。なんかウキウキする気分だ。なんたって、春の連休には父ちゃんも兄ちゃんも帰ってくるんだもんな。正月には帰れなかったから、チョー楽しみだ。父ちゃんの大好物のタラノメ採りにいこう。兄ちゃんとは釣りだ。そしてまだ散ってなければ、我が家の庭で桜の木の下でお花見しよう。ああ、早く来いよ、春の連休。(2012年1月15日)

親父 46歳・工員
息子 15歳・中学三年



 リストラされちゃったけど、メゲちゃだめだよ、お父さん

 「お父さん、リストラされちゃったわよ。どうしよう」。

 お母さんからのメール読んだとき、信じられなかった。悪い冗談だと思った。だって、中小企業とはいえ、部長だよ、お父さん。ゆくゆくは取締役だって夢じゃないって張り切っていたのに。ツラいだろうなお父さん。だけど、変な気を起こさないで。ヤケになっちゃだめだよ。辛いことがあった後には、良いことが待ってるよ。

 皮肉だね。高校しか出てなくて、一生バイト生活を覚悟していた私が、就職できたなんてさ。社員はたったの18人。障害者や老人のための福祉用具を開発、製造している会社なんだけど、私、好きなんだ、ここ。

 私がキャバクラでバイトしてたとき、車いすの人を含めて何人かで飲みにくるグループがいたの。それが今の会社の人たち。茶髪でガングロの私だけど、笑顔とアイキョウだけが取りえの私を、どうゆーわけかよく指名してくれるんだよね。とくに車いすのオジさんがさ。

 「お姉ちゃん、車いすの人の気持ち、よく分かってんじゃん」って。そりゃそうだよ。車いす生活のお婆ちゃんの面倒、ほとんど私が見てきたんだもんね。どうしてもらいたいのか、どうすればいいのか、すぐに分かるよ。そのうち、「いつまでもキャバクラに勤めててもしょうがないだろ。ウチの会社に就職しないか」ってことになった。

 就職してからが大変。ホームヘルパー2級の資格をとらなきゃならないし、その後には福祉用具専門相談員の資格も取れって。無茶苦茶だけど、こんなに勉強が楽しいと思ったことないよ。期待されてんだもん。

 勉強してて気がついたことがあるんだ。障害者や認知症などの高齢者をどう支えていくのかという点。その人たちには、これまでに生きてきた豊富な経験や体験、知識、技術など、残された能力がある。それって残存能力っていうんだけど、その能力を活かしつつ、その人たちが自立できるよう、援助、支援していくことが大切だってこと。この精神ってさ、別に障害者や高齢者だけが対象じゃないような気がするんだ。

 リストラされたお父さんを始め、世の中には能力がありながらも、簡単に切り捨てられたり、見捨てられた人たちがたくさんいる。そんな人たちにこそ、自立できるように援助、支援していく必要があるんじゃない。

 お父さん、私や家族は見守っているよ。ときには口やかましいことも言うよ。これが私たちにできる援助、支援。能力があるんだもん、ぜったいにお父さんは立ち直れる。自信を持って新たな旅立ちを目指してください。くじけちゃだめだよ。(2012年1月22日)

親父 47歳:無職
娘 19歳:福祉機器製造・販売




 フィリピンの幼い兄妹に勇気をもらったよ


 オヤジ、送ってくれたビデオを観たよ。感動し、感激した。ありがとう。俺って恵まれてるよな。「つまんないことでクヨクヨウジウジしている場合じゃないだろう。立ち上がれよ、頑張れよ」。ビデオの少年とその妹にこう励まされた感じだ。
 
 就職浪人してようやく見つけた食品会社。うれしかった。頑張らなきゃなと思ったし、マジ、頑張ったつもりだった。だけど、3ヵ月後に言われたのが「キミ、ウチの会社に合わないし、仕事も向いてないみたいだから、正式採用は見送りね」だと。

 ナニいってんだ! フザけんなよ。最終面接で「正社員として入社してもらうから」って言ったじゃん。一緒に働いてた友人からメール。「キミが辞めたあと、国立大学卒業の3人が入社。三流大学卒業の俺もヤバい立場にある。俺たちって負け組み」

 キレそうだった。会社に怒鳴り込んでやろうと思った。だけど、そんなことしたら余計惨めだよな。それからはアパートに引きこもり。外に出たり、人と話す元気もなくなった。

 人気バンドのコンサートを見に上京してきた妹が宿泊し、そのときにチラっと現状を話したんだけど、それを聞いて心配したんだなオヤジ。直接電話とかしてこなかったけど、1本のビデオを送ってくれた。それがNHKBSで放送された「アジアの子供たち お母さんに会いたい」。

 フィリピンのミンダナオ島から都会に出てきた幼い少年と妹。貧苦、病苦、戦乱苦から逃れ、都会で日銭を稼ぎ、それを故郷の家族のもとに送金するという内容だった。

 行きたい小学校にも行かず、そのかわりに妹を小学校に行かせ、なおかつコツコツ貯めたお金を家族に送金する少年。商店街でビニールの買いもの袋を売り歩くんだけど、イスラム教徒だと分かると「テロリスト」と罵られ、ときには暴力もふるわれる。しかし敢然と立ち向かう少年。

 食事もがまんして貯めたお金を持って、病気の母親を見舞いに故郷へ。母親の姿を見た瞬間、抱きつき泣きじゃくる少年と妹。俺も涙が止まらなかった。「これまでよく我慢したよな。思いっきり甘えろよ」。そうビデオに話しかけてた。つかの間の休日を楽しんだ後、少年と妹は再び一家の生活を支えるために都会へ。

 泣いて、感動して、スッキリしたよ。俺は一人じゃない。俺にはフィリピンに尊敬すべき弟と妹ができたんだ。挫けそうになったら、この弟と妹が励ましてくれる。「お兄ちゃん、一緒に頑張ろうよ」って。そうだよ、ツマんないことでクヨクヨしてらんないのよ、俺は。新しい会社を探さなきゃ。あるいは自分のやりたい仕事を見つけなきゃな。オヤジ、素敵な兄妹をプレゼントしてくれてありがとうな。(2012年1月29日)

親父 51歳・自営業
息子 25歳・無職