下町で逞しく生きていきます、見守ってね


 お父様、先日は100万円もの大金をお送り頂き、ありがとうございます。私たち夫婦が、三ヶ月以上必死で働いてようやく稼げる100万円という大金。驚きました。

 有難く頂戴します。と言いたいところなのですが、勘当された身で、このお金は頂けません。私にも意地がありますから。といってむげにお返しするのもまた親不幸の上塗りのような気がします。そこで頂戴するのではなく、お借りします。実は私たちのお店、火の車。しばらく運転資金として活用させていただくことにします。返済はしばらくお待ちを。

 高校生のときに自動車事故で下半身不随となり、以来、車いすの生活。何不自由なく育った私は事故を起こした相手を恨み、自分の運命を嘆いて、アルコール、薬物に救いを求めて荒れまくりました。施設に強制入院させられたことも許せなかったし。だけど施設の職員の皆さんや、担当の先生のおかげで、ようやく自分を取り戻すことができました。過去の出来事をいつまでも恨んだり、呪っても仕方ありませんから。現実を見つめて生きていくしかありません。

 施設では私よりもひどい境遇の人たちがいました。それに比べてなんて私は恵まれているんだろう。私以上の逆境に泣いている人たち、喘いでいる人たちに、何かできないものか。そんな考えからボランティア活動を始め、今の夫とも巡り合いました。だけどお父様始め家族は交際に猛反対。彼の生い立ち、学歴、境遇があまりにも違うものですから。

 お父様は会社の部下の方との結婚を勧めてくれました。本当に優しい方でしたし、真面目な方でした。だけど、私を見つめる視線は障害者に対する同情です。彼と結婚したら、お父様と同じように、何もせずに家庭で静かに暮らすよう、求められることが分かったのです。私はそんな生活は嫌です。お人形じゃないもの。障害者であっても自活したいの。

 下町、というよりはその日暮らしの人たちが寄り添い、暮らす町で、定食屋さんを営む彼とお義母さん。二人とも私を障害者という視線では見ません。車いすを利用している普通の人間として見て接してくれます。仕事も普通の人と同じレベルを要求しますし、ときには怒られもします。常連さんも同じ。遠慮なくからかい、毒舌を吐き、励ましてくれます。

 この町は私の故郷となりました。貧しくても心優しく厳しい家族と、下品ですが、温かい心を持った常連さんたちに囲まれ、私は十分に幸せなのです。私を必要としてくれる人たちも今では沢山できましたし。

 お父様、ご心配なく。以前の弱い私ではありませんから。とても逞しくなった私を、見守ってください。(2012年3月4日)

親父 会社経営・60歳
娘 主婦・32歳



  オヤジ、お願いだ、断酒してくれ!

 オヤジ、もう酒は止めてくれ。禁酒してくれ。家族みんなのお願いだ。このままじゃ、家族を救うため、俺がオヤジを殺してしまいそうだ。

 普段は誰にもニコニコして優しいオヤジだけど、酒が入ると豹変してしまう。最初はよくしゃべり、そのうち目がすわってくる。その目つきってゾっとするほど怖い。その目でにらまれると誰もが後ずさりするほどだ。そして気に入らないと殴る、蹴る、なんでもかんでも投げつける。
これまでに何百枚の皿を割った? どれだけのフスマを破いた? 壁を何回補修した? 食器棚だって何回買い換えたと思ってんだ? それに何人の人がオヤジから離れていったか知ってるか? 結婚式でも葬式でも、呼ばれるのはオフクロだけ。親戚の連中は盆と正月、挨拶にはくるけど、すぐに帰っていく。オヤジが酒をすすめるからだ。酒が入ったらどうなるか、みんな知ってるからだ。それにオヤジの酒癖の悪さが原因で、姉貴たちも家を出て行った。正直、俺も出たい。

 「お父さん、仕事が大変なんだよ。ストレス溜まってるから、お酒でも飲まないとやってらんないんだよ」ってオフクロがかばうけど、限度ってもんがあるだろう。オヤジの場合は度を越している。友だちのオヤジで医者がいるんだ。その先生に聞いたけど、オヤジはアルコール依存症で、アルコール中毒の一歩手前だと断言した。驚くよりも、やっぱりなという感じだった。ウスウスそんなんじゃないかなと思ってたからな。

 オヤジが酒に飲まれるようになったのはここ五年ほどだ。職場での異動が原因だろう。慣れた部署から慣れない部署に異動し、ほとんど毎日残業で、休日も出勤して仕事を覚えなきゃならなかった。仕事って大変だなと同情し、帰宅してからの毎晩の酒も仕方ないかと見ていた。だけど、日に日に酒の量は増え、酒癖も悪くなる一方だ。ヤバいと思った。

 オヤジは禁酒できるはずだ。俺に教えてくれただろう。「どんな苦難も強い意思があれば乗り越えられる」って。虚弱体質で引きこもりがちだった俺を、知り合いのボクシングジムに入会させ、体力と根気をつけてくれたのはオヤジだ。そのおかげで高校では総体にも出場し、今の大学でも将来を期待されている。オリンピックも夢じゃないと自分でも思っているほどなんだ。それなのに、俺に強い意思を植え付けてくれた恩人のオヤジを、この拳で殴ったときは泣いたぞ。この拳を砕きたかった。

 なあオヤジ、目の前の困難から逃げるのはよせよ。酒に甘えるのは止めろよ。戦おうよ。俺たち家族も応援するからさ。一度、俺の知り合いの病院で診察してもらおう。そして再生するためのプログラムを組もう。(2012年3月11日)

親父 48歳・地方公務員
息子 21歳・大学生




 再婚に大賛成、第二の人生を楽しくね


 親子三人で食事するなんて、八年ぶりだったね、お父さん。「ホテルのレストランでディナーしよう」って言ったとき、姉貴と顔を見合わせてしまったよ。どういう風の吹き回しなんだろうって。てっきり居酒屋かお寿司屋さんに誘われるもんだとばかり思っていたからさ。だけど楽しかった。ワインに酔ってしまった。

 突然の上京には正直、私ばかりか姉貴も驚いた。何かあったのかと。来年のお父さんの定年退職には家族三人で、これまでの慰労を兼ねた海外旅行しようって決めたばかりだからさ。だけどお父さん、「意味なんてないよ。たまには娘たちの顔も見ておかないと忘れてしまいそうで」ってだけ。

 無理しちゃって。私たちにはお見通しだよ。本当は再婚の話だったんでしょう。言い出せないまま帰っちゃってさ。相変わらず口数が少ないんだから。そこが良いとこだけど。

 私が小学生、姉貴が中学に入学して間もなく、お母さんが家出してしまった。私たちの知らないどこかのオジさんと。まだ幼かった私は、お母さん恋しさに毎日泣き暮らした。学校にも行かず、町から町へお母さんを探し歩いた。だけどお母さんは見つからないし、戻ってもこなかった。先生や同級生たちは心配してくれたけど、近所の人たちや親戚の人たちは「可愛そうに」「もう、お母さんの事なんか忘れてしまえ」ってヒドイ言葉を投げつけた。

 姉貴は早くからお母さんの事は忘れようと必死だった。「私たちを捨てたお母さんだよ。あんな女なんか忘れちゃおうよ」と、憎しみを燃やして私を諦めさせようとした。お父さんも傷ついたよね。「女房に捨てられた男」として、近所でも仕事先でも馬鹿にされて。そんな陰口にも耐えてお父さんは家事、料理までこなして私たち姉妹を育ててくれた。私もいつまでも泣いてられなかった。お父さんと姉貴に迷惑かけるもんね。いつしかお母さんの面影も忘れた。

 あれから私と姉貴は看護師の道を選び、上京して同じ病院に勤務。お父さんから自立した。だけど心配なのがお父さん。定年退職したら、私たちと暮らそうと勧めたけど断ったもんね。親戚の叔母さんの話で理由が分かった。恋人ができたんだ。その人の話をしようと上京したんでしょう。反対するもんだと思っていたでしょう。残念でした。私たちは大賛成だよ。ホっとしたよ。第二の人生のパートナーができてさ。お父さんが選んだ人だもん、良い人に決まってる。早く紹介してよね。

 今まで苦労させてご免ね。そして長い間ありがとう。定年退職の海外旅行は急遽、計画変更だよ。三人じゃなくて四人で行こうよ。新しいお母さんと一緒にさ。(2012年3月18日)

親父 59歳・地方公務員
娘 29歳・看護師


 場の空気なんか読まん! 俺はKYで生きていくぞ

 
 「場の空気を読めない奴ってダメだよな。馬鹿にされたり、嫌われるだけじゃなく、出世もアブねぇ」。

 最近、これが口癖だね、親父。ついに我が家にも「場の空気」ウィルスが飛来してきたか。覚悟してたけど、まさか親父がウィルスを持ち込んでくるとは想定外だった。

 それにしてもこうしょっちゅう「場の空気」「場の空気」って言われると、耳障りっつうか、ウザったくなってくるんだよな、まったく。

 親父が「場の空気」って言い出したのは、会社で部長に出世してからだよな。「場の空気」を読めたおかげで出世できたんだろうよ、多分。そのうち、「場の空気を読む達人」とかって本でも出すんじゃないのか。それがベストセラーになったりして。どんな人間が読むんだか。おお、考えただけで怖ろしいわ。

 その場の人間関係を円滑にして円満に収めるには、確かに「場の空気」を読めるにこしたことはない。それなりに能力とか技術も必要だと思うよ。だけど、巷で流行っている「場の空気を読む」って、ナンか薄っぺらいというか、怪しげなんだよな。

 俺の経験からひと言。中学・高校時代のクラス討議でも、大学でのゼミや合コンでも、そしてバイトでも、自分の主張や考えをズバっと言おうとしたり、相手の意見や主張に異議を申し立てようとすると、必ず出てくるのが「場の空気を読めよ」だよ。オイオイ、ちょっと違うんじゃねーの。俺はただ自分の考えを述べようとしているだけなんですけど。

 場を恣意的に支配している人間がいて、その人間が場の空気を左右する。それを敏感に周りの人間たちが察知し、さらに場の空気を濃密にしていく。濃密になれば場の空気に染まらざるを得なくなり、自分の意見や主張、反論・異論なんかできなくなる。こんな「縛り」が日本中に蔓延していったら、どうなるんだ?世界から置いてきぼりを食っちまうよ。

 これって日本と独裁国家だけだぜ。三年間、外国を放浪してきての実感。外国じゃ「場の空気」って関係なし。シンドいけど、相手が誰であろうが、主張し続けていかないと自分たちの立場が脅かされるし、存在も認められない。だから民主主義なんだよ。

 場の空気なんぞ考えつつ生活したり仕事するなんてまっぴら。だから、俺は仕事に外資系を選んだ。職場はドライでハード。主張や意見を受け入れてくれる反面、成績や業績が悪ければかばってくれる上司、同僚もいないし、時には即クビもあり。

 それでも働き甲斐はありますよ、なんたって自由度が高いし。そのうち資金が貯まったら独立するつもりだ。もちろん親父の会社のような「場の空気」とは無縁の組織が理想だ。(2012年3月25日)

親父 55歳・食品卸
息子 27歳・外資生保