八戸自由大学第3回講座より抜粋


講座名

 「マタギの文化遺産に学ぶ」 ~その自然畏敬と感謝の精神~


講師  葉治英哉氏

葉治英哉氏プロフィール  
昭和3年青森市生まれ。青森師範学校本科を病気中退。のち通信教
育で法政大学日本学科を卒業。森林組合、国家・地方公務員、会社役員を経て執筆に専念。平成2年「戊辰牛方参陣記」で第37回地上賞受賞。平成6年「マタギ物見隊顛末」で第1回松本清張賞受賞。平成6年八戸市文化賞。平成22年八戸市文化功労賞。日本文藝家協会会員。日本ペンクラブ会員。著書に「春またぎ」(文藝春秋社)、「松平容保」「今村均」「張良い」(PHP研究所)、「定年奉行仕置控」など。他に「オール読物」「別冊文藝春秋」「歴史読本」などに小説、エッセー、評論、評伝などを発表。

講座より抜粋

なぜ、戊辰戦争にこだわるのか
 「マタギ物見隊顛末」「松平容保」など、これまで戊辰戦争を部隊にした作品を数多く発表してきたが、なぜそうまで戊辰戦争にこだわるのか。それは正史に載らず埋もれたままとなっている地方史を掘り起こしたいからである。一方にだけ都合のよい記述が意外に大手を振ってまかり通るのは好ましいことではなく、一概に旧徳川方を賊軍の名でくくって片付けるのもどうかと思う。敗者の側からの視点で歴史を見つめなおしたい。


マタギの始祖とマタギという字について
 マタギの始祖は磐次磐三郎(万事万三郎)といい、天皇の子孫と称していた。書き物としては山達根元巻(マタギに関する巻物)、山猟秘伝の巻などが残されている。マタギは叉木、扠、狄、又鬼、又塊などとも書いた。かつて、山から山へと渡り歩き、弓矢や槍を手にして狩をし、時には人里に下りてきて獲物を米などと交換していた「山達」→「山立」と呼ばれる人たちが、いつ頃からかマタギと呼ばれるようになったらしい。


文献によるマタギの登場
 旅行家で民俗学者の管江真澄が書いた『遊覧記』に「すすきの出湯」(秋田・十二所の項)という箇所があるが、ここに「見目清げなる女のかたらいて行きまじたるを、皮衣着たる益荒男ら犬引具したるが来かかりて佇み、よき女よ、サッタテをホロにしてネップにケアワセたしと言いて過ぎたり。其れ等はマタギとて猟人なり。其のマタギ言葉もて言いける也」(直訳すると、美しい女が歩いている姿を、獣の皮で作った着物を着た男どもがうっとりと見つめ、『いい女だ。俺の男根を屹立させて、あの女の性器に挿入したいものよ』と言いながら去って行った。彼らはマタギと呼ばれる猟師であり、その言葉もまたマタギ言葉である」という文章が出てくる。
 これを考察すれば、すでに二百年前にマタギと呼び習わしていたことが分かる。また、南部藩家老席日記の『雑書』には、山立三四郎云々の記述の2年後、承応じ3年(1654年)から、マタギという名称が用いられている。真澄の記述の150年も前にマタギの呼称は定着していたようだ。
 山立とマタギの用例の変化は、主に奥羽山脈を移動しながら、狩猟を専業にしていた者を「山立」と呼び、山麓などに定住するようになった者たちを「マタギ」と呼んだもと思われる。


マタギの生活と組織、そして各種の掟
 マタギは地域、集落ごとに組を形成し、仲間で山に入り、山小屋などに寝泊りして熊を最大の獲物とした。熊は毛皮、肉、骨をはじめとして捨てるところはなく利用したが、もっとも高価で売れたのが熊の胆(くのまい)である。一匁(いちもんめ)が金一匁と同価値だったといわれ、万能薬として広く珍重された。
 マタギ衆は統領(しかり)を頭にして、射手、勢子などで構成されたが、平生はたがいに束縛しあわない緩やかな組織体だった。ただし、狩猟中は統領の命令は絶対的であり、誰も異議を唱えることはできなかった。
 山での掟は多いが、主だったものは「里言葉は使わず、山言葉、マタギ言葉を使う」「女の話や色話の禁止」である。これは山の神は二度と見られぬ醜女(しこめ)で、かつ嫉妬深いため、女の話をすると祟られると信じていたためである。また、獣の命を頂戴して生計を維持しなくてはならないことからの畏怖や、山や断崖などに住むと信じられていた山の神への敬虔な思いや、山の神に忌避されて命を落とすなど、不首尾に終わることを極力避けるためだったからである。


主なマタギ集落、地域

 青森県では黒石市大川原中群西目屋村、鯵ヶ沢赤石岩崎村大間越、三戸郡田子町下田字相米夏坂、下北郡川内町畑
 秋田県では荒瀬村根子(阿仁町)、小阿仁村八木沢、由利郡直根百宅(ももやけ)
 山形県では金目、小国村、長者ヶ原、南小国、徳綱、北小国
 新潟県では夏井、赤谷、大石、三面など


主なマタギ言葉
 米(クサノミ)、炊飯(クサノミワカシ)、食べる(クサノミハム)、大便(シダミホロキ)、小便(サッタテシボル)、犬(セタ)、馬(タカアシ)、狐(オオナガ)、狸(クサイ)、血(アッカ)、熊(イタズ)、猿(エンコ)、牛(タカシ)、獣肉(サチノミ)、笠(アマブタ)、槍(タテ)