八戸自由大学特別課外授業 是川縄文館めぐり ~その1~

「遺跡でみる八戸の歴史」-縄文・飛鳥・平安・そして江戸-

場所・是川縄文館にて(6月22日)

講師・小林和彦氏(八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館館長)


平成23年度発掘資料展の解説

田代遺跡
田代遺跡は、八戸市南郷区にある縄文時代中期末から後期初頭を中心とする遺跡である。今回の調査では、縄文時代中期から後期初頭にかけての竪穴住居跡2棟と土抗8基がみつかった。特長としてはどちらの住居跡にも「複式炉」(ふくしきろ)と呼ばれる炉があった点である。複式炉とは、火を焚く部分が複数ある炉のことをいい、縄文時代中期の終わりごろに限定して見られ、東北地方や北陸地方の竪穴住居でさかんに造られていたようだ。気候の冷涼化により採集できる木の実が変わり、それに伴って調理法が変化したことが、複式炉の誕生につながったのではないかという説もあるが、詳細は明らかになっていない。8基みつかった土抗については、断面がフラスコのような形をしているものがあり、食料を保存するための貯蔵穴として使用されたと考えられる。

田面木(たものき)遺跡
田面木遺跡は八戸市田面木地区にある遺跡で、これまでに縄文時代、飛鳥・奈良・平安時代の遺構・遺物が発見されているが、特に飛鳥・平安時代の竪穴住居跡が60棟近く検出されており、古代の大集落であることが明らかになっている。今回の調査でもっとも注目されたのが、青森県内初となる「関東系土師器」(かんとうけいはじき)が出土した点である。関東系土師器とは、関東地方の土師器の特長を持つ、東北地方おいて出土する土器のことで、特に宮城県北部で多く出土することで知られている。外観は丸底で口の先が軽く外反しながら立ち上がり、器面調整として口の外面にヨコナデ、体部外面にヘラケズリ、内面にはヨコナデが施されている。東北地方の土師器に特徴的な内面黒色処理は行われておらず、内外面ともに橙色だった。この関東系土師器は、田面木集落の人々が真似て作ったものか、あるいは他地域からこの集落に移り住んだ人たちが作ったものか、さらには土器のみが他地域からもたらされたものか、詳細はまだ不明である。

この他に松ヶ崎遺跡(八戸市十日市地区・新井田川の右側)からは、縄文時代前期末の竪穴住居跡が、坂中遺跡(新井田地区)からは平安時代の竪穴住居跡4棟が見つかり、出土した土器の特徴、カマドの向きから、住居が使われていた時期が異なることが判明した。酒美平遺跡(田面木地区)からは飛鳥時代の竪穴住居跡2棟が見つかり、完全な形に近い土師器の甕(かめ)が、つぶれた状態で出土した。八戸城跡からは八戸城外堀の一部と、地下室2棟が見つかり、地下室1棟からは使われなくなったと思われる江戸時代のままごと道具や、花巻人形(岩手県花巻市で製作されたもの)、茶碗、貝などが捨てられていた。(八戸市埋蔵文化財ニュース第15号 掘りdayはちのへより)

八戸市是川縄文館HP

http://www.korekawa-jomon.jp/