縄文時代の津軽半島

 

 

講座名 「縄文時代の津軽半島」

~津軽半島をめぐる縄文時代の文化交流に思いを馳せる~

太平洋と日本海、異なる海に接する青森県は、東と西で自然環境が大きく異なり、地域ごとに個性的な縄文文化が育まれていました。今講座では、津軽半島で展開した個性豊な縄文文化についてのお話と、出土品のご案内をいたします。

講話・市川健夫氏(是川縄文館学芸員)

市川氏略歴
2006年・東北大学大学院修士課程終了(考古学) 同年・同大学院博士課程
2009年・同大大学院文学研究科助手
2010年・八戸市教育委員会是川縄文館開館準備室学芸員
2011年・八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館学芸員
〈主な研究テーマ〉 縄文時代の終わりごろに展開した、いわゆる亀ヶ岡文化の研究。当時の文化変化や社会変動の様子を探り、いかに弥生時代へ移り変わったのかを研究しています。

講話より抜粋
津軽半島の環境  半島の中央部に津軽山地が横断し、その周囲に津軽平野などの低地帯が広がる。縄文時代の遺跡は、山地縁辺の台地周辺や海岸部に沿って立地する場合が多い。

縄文時代の竪穴住居跡の推移  津軽半島をはじめ津軽地域では、縄文時代早期における縄文人たちの暮らしの痕跡がわかってない。遺物は見つかっているが、集落は確認されていない。

縄文時代の始まりを告げる遺跡  大平山元Ⅰ遺跡からの報告。津軽半島では旧石器時代から縄文時代の移り変わりが明らかに。見つかった無紋の土器破片から約1万6000年前の年代が示された。

○ものづくりの極致  亀ヶ岡文化~是川遺跡に劣らない工芸的な技術力が津軽半島に見られる。亀ヶ岡文化はつがる市の亀ヶ岡遺跡がその由来となっている。

塩作りの土器  飾り気がなく、水漏れしないように内面が磨かれた土器。海水を煮詰めて塩をとる。壊れて見つかる場合が多く、使い捨ての土器ともいわれている。青森県内では陸奥湾沿岸の集落で塩作りが行われていた。沿岸部で作られた塩作りの土器破片が内陸部までもたらされていた。

ベンガラ生産  縄文人は赤い顔料(ベンガラ)を得るために、今別町の赤根沢から赤鉄鉱を入手して供給していた。宇鉄遺跡からベンガラ生産の方法がわかる資料が出土した。製粉の際に煮出す工程の存在が明らかになった。

本州島での地域間交流  新潟などで特徴的な「火焔型」土器に関連する土器の北限。このほか糸魚川など北陸海岸産のヒスイが伝わっている。

津軽半島と渡島半島  竜飛岬から白神岬までわずか19.4キロ。晴れた日には竜飛岬から渡島半島をのぞむことができる。縄文人たちもこの風景を目にして、船出を決意したことだろう。津軽半島には北海道で特徴的に作られる土器などが多くみつかっている。

堂林式土器  堂林(長沼町)から出土した土器をもとに名づけられた。後期後半のころに作られている。瘤のような飾りがたくさん付けられている点に特徴。この瘤は粘土の粒でつけられているのではなく、土器の内側から突き込んで膨らませている独特な方法。津軽半島では尻高遺跡(外ヶ浜町)で見つかっている。

サイベ沢式土器  サイベ沢遺跡(函館市)から出土した土器。縄文前期から中期にかけて、形、飾りを変化させながら作られている。東北地方でその頃作られた円筒土器に特徴が似る。網目模様に違いがみられる。津軽半島では、中ノ平遺跡(外ヶ浜町)でみつかっている。

北海道の縄文人たちが移民してきたムラ  竪穴式住居のなかから、堂林式土器がたくさんみつかった。この竪穴住居から津軽地域の特徴となる土器がみつかっていないことから、北海道の縄文人の住まいであることが考えられる。このほかにも余市式土器など北海道に多い道具が遺跡内から発見されている。

大陸との対外交流の可能性を検証する  玦状(けつじょう)耳飾~中国古代の「玦」という装飾品に似ていることから名づけられた。ロシア沿海州でもみつかっている。日本では早期後半から作られ、その頃の中国では確認されていないことから、縄文文化のなかで独自に発生した可能性もある。日本と中国との年代的な対応関係や、伝達経路などについて議論が続いている。

刀剣形石製品  柄や刀、剣のような刃部が表現された石製品。縄文時代中期の終わりから晩期にかけて多く作られた。戦前から研究者によって殷時代の青銅刀子を真似て造られたと考えられ、大陸文化の影響を示すものとして注目された。

山形県三崎市でみつかった青銅刀子  戦前に採集された。刀子の特徴から殷時代(約3500年前)のものと考えられる。三崎山遺跡は縄文時代後晩期(約4000~2300年前)の遺跡であり、年代も一致する。この青銅刀子の発見から、石刀などの大陸文化説が再燃した。

青銅刀子の伝達経路  古代中国で本格的な青銅の精錬が開始するのは約4000年前。それ以前は甘粛などで銅剣があるが、散見される程度。ロシア沿海州およびシベリアなど北方では、青銅器文化は約3000年前から展開するため、伝達経路にはならない。約4000年前に遼寧から北朝鮮を経て伝わった可能性が高い。

刀剣形石製品は大陸文化の影響があるか  縄文時代には骨刀などの石刀の祖形となるような道具が存在する。大陸文化の影響を考えずとも、縄文文化の枠組みのなかで説明できる。

○ 鬲状(れきじょう)三足土器 三つの足が特徴の土器。古代中国の三つ足の土器「鬲」に似ていることが由来。粘土紐による輪積みによる作り。在地の文様が描かれている。今津遺跡(外ヶ浜町)をはじめ、青森県内を集中して数点みつかっている。鬲の作り方には三通りある。型に粘土をはめこんで作る折襠(せっとう)鬲。足の部分を個別に作り合体する分襠(ぶんとう)襠、筒状の粘土を三方向からしぼめる連襠(れんとう)襠。