八戸藩誕生350年記念講座

第1部 講師・三浦忠司氏(八戸歴史研究会会長) 
演題・「八戸藩政の歩み」

第2部 鼎談 演題「八戸藩と藩領の縁」
三浦忠司氏
酒井久男氏(九戸歴史民俗の会会長)

講師 三浦忠司氏略歴 (昭和23年生まれ八戸高校、弘前大学卒業青森県立高等学校教諭を経て、八戸市編纂室長となり平成20年八戸市立美保野小中学校校長を退職。現在、八戸歴史研究会会長、安藤昌益基金会長、八戸地域歴史団体協議会会長、安藤昌益記念館館長)

酒井久男氏略歴

東洋大学卒業

洋野町立種市図書館長(平成21年3月退職)

洋野町立種市歴史民俗資料館長(平成21年3月退職)

洋野町史編さん員

岩手県図書館協会副会長(平成3年~21年)

日本図書館協会評議員(平成14年~21年)

九戸歴史民俗の会会長(平成18年~)

洋野町芸術文化協会理事兼事務局長(平成19年~)

岩手県歌人クラブ幹事(平成18年~)

著書「岩手の図書館」「久慈・二戸・九戸今昔写真帳」「久慈・二戸・九戸の歴史」

「種市町の伝統的漁具漁法」

講座より抜粋

第1部 八戸藩政の歩み
     
寛文4年(1664)、盛岡藩10万石が分割され、八戸藩2万石が誕生。それから明治4年(1871)の廃藩置県に至るまでの、八戸藩の歴史、出来事などを紹介。

第2部 鼎談「八戸藩と藩領の縁 九戸郡の果たした役割とは」

主な質問

1・九戸郡は漁村と農村から構成されていたが、藩に納める年貢は米に限定されていたのか。あるいは米以外に納めたものがあったのか。また、漁村では米が収穫できないと思うが、漁村では年貢に相当する何かを納めていたのか

2・九戸郡、志和の地域ではどのような特産品(農産物、海産物、鉱業品)があげられるか。このなかで、藩の収入に大きく貢献していたのはなにか

では、三戸郡での特産品と、主要な収入源はなんだったのか

3・九戸郡には鉄山が多かったというが、最盛期にはどれくらいの鉄山があったのか。鉄山から採れた鉄の原料は、どのようにして製鉄にされたのか(鉄山のそばに製鉄所らしきものがあったのか)。当時、鉄の価格はどれくらいだったのか

4・領内で採れた特産品(鉄、穀物、材木)、あるいは海産物は主にどこの藩、地域へ運ばれたのか。それは陸路かまたは船で運ばれたのか

5・元禄、宝暦、天明、天保の四大飢饉のうち、八戸藩にもっとも打撃を与えたのはどの飢饉か。また、九戸郡ではどのような状況だったのか(死亡数、他領へ流出)。この折、救済策は講じられたのか。また年貢は免除となったのか、それともなんらかの形で徴収したのか<o:p />

6・こうした天災や人災がやがて一揆を招くことになったと思うが、八戸藩の大きな一揆であった「寛政の久慈一揆」と「稗三合一揆」は、それぞれどのような経緯で起きたのか。そしてどのように決着したのか。そもそもなぜ久慈で一揆が起こりやすかったのか

7・八戸藩は立藩から幕末まで、様々な天災やら事件を経験しながらも、絶えることなく藩を維持してきたわけだが、二万石という小藩が生き延びられた秘訣というものがあるとすれば何か