アイヌ語地名を調べてみよう

 

第1回講座より抜粋

演題 「アイヌ語地名を通して八戸地域の昔を考えてみる」
    ~苗字など意味の分からない漢字から大昔が見えてくるかもしれない~

講師 杉山武氏(日本考古学協会員)

講師略歴  昭和26年岩手県二戸市生まれ。岩手県立福岡高校卒。弘前大学教育学部卒。昭和48年青森県教育委員会文化課勤務。埋蔵文化担当。昭和54年八戸市立新井田小学校教諭を経て、白銀小、是川東小、鮫小で教諭。江陽小、湊小で教頭。島守小で校長を歴任。昭和61年から平成12年度まで青森県文化財保護指導員。日本考古学協会員。

はじめに
八戸市民大学の講師として八戸市を訪れていた、北海学園大学の藤村久和先生からの「蕪島はアイヌ語だよ」の一言が、アイヌ語地名に興味を持つきっかけとなりました。30年経ってしまった今でも分からないことばかりです。蕪島も種差も国立公園の中に入りましたが、その言葉の意味について地元の人たちにまだ伝えることができないでいます。また、アイヌ語地名の意味を通じて八戸やその周辺の昔について関心を持っていただけたらと思います。漢字が伝わる以前に、言葉や地名が存在していたことを知るきっかけになると思います。

講座より抜粋

第1部 美しい海岸線とアイヌ語地名、そして民話から
1・アイヌ文化とは
2・アイヌ語地名とその役割
3・八戸東部 鮫周辺から
4・白浜・種差・大久喜の海岸地帯
5・種差と種市、そして妙野・蒼前平(昔話・ほろど沼)
6・島守盆地と八の太郎、そして母袋子(ほろこ)
7・是川と松館・新井田

第2部 海進とそのまわりに形成された集落、そして誤解された地名(今は昔の地名が消されている
1・類家と淋代
2・石堂と明戸・悪虫・小田
3・尻引と市川
4・尻内(シリウチ-シリナイ)と知内(シリウチ-チリオチ)、大仏(ダイブツ-タイブツ)
5・川は生き物 海からさかのぼっていく
6・馬淵川は源流に名前の由来があるわけではない
7・アイヌ語地名は私たちの祖先が残したもの

アイヌ語地名のいくつか
※白浜  シラル(シララ)→岩・磯・浜の意味。もともとは磯浜を指した地名だと思われる。
※蕪島  カピュウ(かもめ)+シュマ(岩場) アイヌの人たちにとってはウミネコを指す。
※鮫  サン(前に開けた)+ムイ(浜) 蕪島のそばにある生活の場としてのシュマ(島の)+サム(そば)。島脇は鮫の地名では。
※類家  ル(道)+イカ(超える)+エ(場所) 川を越える所として橋があったのではないか。
※新井田  ニタ・ニタッ(湿地・谷地)
※馬淵川  ベチ(ベツ)・ナイは川のこと。アイヌの人々は狩猟・漁民民族であっった。常に自分たちの前に広がる海を意識し、サン(前にある)といい、後ろ側をマと呼んだ。つまり山の奥まで続く川という意味のマ+ベチではなかったか。長い間にマベチに変化したのでは。
※苫米地(とまべち)  トマ(湿地・沼地)+ベチ(川)。湿地帯のある川で福地村に地名が残る。
※母袋子(ほろこ)  ホロ(大きい)+コッ(峡谷・くぼ地)
※丹内(たんない)  タンネ(長い)+ナイ(川・沢)
※平内(ひらない)  ヒラ(がけ)+ナイ(川) がけのところを流れる川
※階上岳(はしかみだけ)  ハシ(潅木が)+カム(覆っている)+イ(山) 潅木に覆われた山